徒然なるままに

苦しい事も辛い事もあるけどさ、やっぱり人生って楽しんだもの勝ちなのよ!!

天職について〜後編〜

3社目との出会いは、突然の電話から始まった。

「大学の先輩の○○さんから、お仕事ですごく活躍されているという話を聞いて電話しました。」スカウトの電話だった。

 

しかも自分が就職活動の時に、神の領域だと思っていた会社からまさかこんな電話が来るなんて思ってもみなかった。正直、その当時は仕事もマンネリ化しており何か現状を打破したいと思っている時だったので、保険には興味なかったし、どんな感じなんだろうという単純な興味で話を聞きに行った。

 

最初は、支社長と呼ばれるリクルーターとの面談だった。

渋谷のロクシタンカフェで打ち合わせをして、仕事についての質問をされた。

「今の仕事は楽しいですか?」「どんな目標を掲げているんですか?」そんな話から、色々話をして、「今度トップの営業マンが集まるセミナーがあるんだけどきて見ないかと言われて、「まあ、もう少し違う業界で成果を出している人たちと人脈を広げて見てもいいかな」と思い、参加してみることにした。

 

2回目の面談は、会社にセミナーを受けにいくというものだった。

飯田橋の駅から少し歩いた、築20年は立っているだろうという古いビルの10階にあり、看板すらなかった。

 

会社の入り口に入ると、白い蛍光灯が眩しく、大きく3つの島に別れた机が置いてある執務室に通された。扉を開けた瞬間大きな声で「いらっしゃいませ」という挨拶、部屋には様々なトロフィーや写真が飾られていた。まさに営業会社にきたという印象だった。

 

セミナーを受けるために一番奥の部屋に通された。

 

室内には机と大きいホワイトボード、大画面のテレビがあり、壁には「がんばっても、がんばらなくても、変わらない人生ではがんばれない。」みたいなポスターが貼ってあって、なんか宗教に勧誘されているのかってビクビクしていた。

 

一方で、どんな時間が始まるのかと胸を踊らせていた。

 

 入ってきた支社長はすごい圧力で、2時間みっちり「働くこと」について1対1の講義が行われた。それを見た私は、すごく感動した。詳細な内容はもう忘れてしまったが、大企業に飼いならされ歯車となった優秀な人たちはきっと響く内容だったのではないかと思った。

 

結果、それは3社目の一次面接だということを後から知った(笑)

 

何回も時間を重ね、彼らの会社の考えや働き方を聞くうちに私もこの会社で働きたいチャレンジして見たいという気持ちが湧いた。

 

そしてトントンと選考は進み、地獄の最終面接を終え、あっという間に入社が決まった。

 

辞めるまでには色々な人から驚かれたし、退職を告げるまでには会社名も伏せなければいけないという約束もあったので、非常に退職に時間がかかったが、合わせて自分の価値を感じることができた。

 

そして年が明けた1月、赤坂本社での入社式が行われた。

その後、研修センターにバスで移動し、本当に新卒入社のような待遇を受けた。

 

私の同期は約130名。研修では、全員分の内定者リストが渡され前職の社歴などをみると錚々たる会社の名前が羅列されていた。

 

おそらく新卒の働きたい企業ランキングTOP10の会社は全部網羅されているのではないかというくらい、全国から優秀な人材が集められていることがわかって、さらにやる気がみなぎった。

 

2時間の研修が終わると一人一人130名の前で、2年後の自分の目標についての、プレゼンさせられる。その際には、担当の所長もきてくれるので、いわば授業参観で夢を語る的な気分にさせられるのだ。

 

入社式と二日間にわたる研修が終わると、今度は、会社に戻り1ヶ月の詰め込み研修が始まった。

 

3社目の会社は、働くことの意義や、憧れていたフリーランスでの働き方、無形商材の販売の仕方や、人の心の動かし方などを学んだが、やはりTOPの中で生き抜くのは難しく一年くらいで、代理店から声がかかり転職をした。

 

そして、4社目との出会いは、異業種交流会で出会った人からの紹介だった。3社目の会社で売れなくなった営業マンが行き着く先だった。保険業というのは、一般的に平均年齢が、元々すごく高いので、50代や60代のおじさんおばさんがゴロゴロいる会社だったが、この会社では、正直学んだことは保険商材の知識と、厳しい保険業界の現状だった。

 

正直ここまでくると、自分の「働く意欲」は底まで下がっており。

WantもCanもMustも考えることを忘れて、毎日嫌だなと思う日々が続いていた。

やっぱり私は自分の興味のあることとと自分がしたい働き方でなければ、生き生きと働くことはできないと実感したのだ。

 

そして5社目の出会い。

前みたいに生き生き働きたいと思っていた私は、30歳を目前に、最後のチャンスを掴み取ろうとベンチャー企業に特化した就活メディアを探し始めた。

 

そして、最初に紹介してもらったのは、5社目の会社だった。

 

正直、法学部を卒業したこともないし、弁護士への知識はドラマくらいでしか知らなかった。しかし、幸いなことに、1社目や2社目のキャリアが私を手助けしてくれて、見事に内定を取ることができた。

 

5社目の会社は、今までの人生の中で、もっとも辛い状況だった。

「妬み嫉み」の塊みたいな人たちと仕事をするのは非常にメンタルがやられたし、幸いなのは、今でも付き合いのある友人に出会えたことだ。

 

ただ、一度保険業界に足を踏み入れた私には、一回キャリアをリセットしなければいけない必要性があったので、もう一度IT業界に戻ってこれたのは不幸中の幸いだったと思う。

 

特に辛かったのは直属の上司からの嫉妬と、腐った組織だった。各メンバーは保守的で村みたいな組織。そして、私も馴染めず苦しい日々が続いた。ここでは、正直ちょっとした弁護士の知識がついたくらいであまりメリットがなかったが、そんなタイミングで今の会社からの声がかかった。

 

今の会社のサービスは正直「名前をちょっと聞いたことあるな」くらいな感じで2社目の先輩から「話だけでも聞いてみてほしいな」と言われて半信半疑で社長に会いに行ったのだ。

 

今に到るまで様々な苦しみはあったものの、本当に過去の自分の人当たりの良さに感謝したい。

 

2社目の時に頑張っていた成果や徳を積んだことが見初められて、今の会社への扉がひらけたからだ。

 

そして、何よりも今までの自分のパラレルなキャリアは、結果的に点であったが今では線となった。

 

今の会社はWant、Must、Canの3つが重なっている。

様々な苦悩はあったものの、最近は「しなければいけないこと」よりも「したいこと」を考えられるくらいになった。

 

6社目で一番大変だったのは、2社目とやっていることは同じように見えるが圧倒的な、「知識量」が違うことだった。

 

営業的なスキルの部分は長けていても、その「知識量」がないことにより、認められないことだった。

 

正直、今の私の目線からすると同じ飲食業界で仕事をしているのは一緒だが、トップ1%の店とそれ以下の店では大きく「課題」が違うということだ。

 

また、情報のキャッチアップのスピードや実際の店舗間の関係性など自分自身が市場にしっかりと腰をすえていないと得られない情報が多い。

 

そういったことを興味を持ちながら、実際にそういった店に足を運び学ぶことも多かった。

 

紹介をもらったり、獲得していくことが非常に重要で、今まで新規開拓をバンバンやっていた時とはまた違う苦しみがあったが、営業としては、非常に成長できるきっかけとなった。

 

中でもアクアに買収されてからはさらに付加価値と言うものを考えるようになった。

 

一般的に強みというのは相対的なものだが、

組織の中で価値を提供していくには一つの強みだけではなく何かしらの要素を2つ以上掛け合わせてはじめて、価値を提供できるようになることが必要と言われている。

 

例えば私の場合であれば

一社目で養った、マーケティング分析力×新規開拓営業で養った営業力

さらには、人に物事を教えたり情報をわかりやすくするための伝達力の3つで構成されているとおもっている。

 

このように自分の強みを詳細に分析し、他者と違う点を網羅的に分析していくことが非常に重要である。

 

さらに私の場合は、今までの6社の経験が全てこの中に集約されている。

 

正直、数年前までは、ただのジョブホッパー止まりで必要とされなくなったらどうしようと思っていたが、みごとに自分の中で過去の経験が紐付き、今の会社の職務を全うできるようになったことを感じる。

 

30歳を目前にしてこのような整理ができたことは非常に価値があるし、何よりも自分のキャリアに自信を持てるようになったのは、今までの自分の苦労もそうだが、6社経験してきた中で出会ってきた様々な働き方や人、会社の規模ごとのカルチャーなどを見てきたからだと思う。

 

それこそがまさに自分をカタチ作る、強みであり、自分の天職に出会えたと言える、何よりの根拠である。

 

ここ数年そんなことをじわじわと考えていたので今回ちゃんと棚卸しすることができて本当によかったと思っている。